あとーすログ

熊本でWebディレクターをしています。文芸、演劇、カメラ、インターネットが好きです。

ぼくは「怒る」のが嫌いです。「怒る」頻度をなるべく減らしたい

僕は「怒る(おこる)」のが嫌いです。理由は色々とあるのですが、「怒る」というのは無駄なことなのではないかと考えています。

もちろん、「怒る」ことがなければ健全な友情も、健全な恋愛も、健全な青春も、健全な人間関係も築くことが難しいんだろうなあということは承知しているのですが、それでもやはり僕は怒るのが嫌いなのです。

「怒る」とは何か

「怒る」とは、そもそも何でしょうか。辞書を引いてみます。

1 不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる。「真っ赤になって―・る」 2 よくない言動を強くとがめる。しかる。「へまをして―・られた」 (デジタル大辞泉

これを見ると、「怒る」には二種類あることがお分かりいただけるかと思います。たとえば、「俺は怒っているぞーーーーー」と言うときは「感情」を表しており、「お前はそういうところが駄目なんだ!」というときは「行動」を表しています。

僕は、「感情」としても「行動」としても「怒る」のが嫌いです。まず、「行動」の方から説明しましょう。

「行動」としての「怒る」

ごめんなさい、「『行動』としての『怒る』」ってあまり頭が良さそうな見出しではないですね。でも、このまま頑張って書いていこうと思います。

僕はそもそも、自分が怒られるのが何より嫌いです。というか、怒られるのが好きな人なんていないでしょう。もちろん、それが成長に繋がるのであればどんどん怒ってくださいなんて人もいるでしょうが、それでも、怒られている最中はあまりいい気持ちがしないでしょう。

現代の若い者は怒られ慣れていない、という話を聞いたことがあります。確かに、そういう傾向はあるかなあという風に思います。そして、僕は極力怒られないようにきちんと真面目に学校生活を送っていたので、恐らく平均的な人よりも怒られ慣れていないはずです。

でも、怒ることが日常的なコミュニティってありますよね。上司が部下に日常的に怒っているという場合もありますし、同等の立場にいるもの同士が怒り合う(喧嘩?)コミュニティもあります。

誰か一人怒る人がいれば、恐らくそのコミュニティは、怒ることが日常的なコミュニティに向かっていくことでしょう。特にコミュニティの構成員が同等の立場の人たちばかりの場合、この傾向は顕著だと考えます。

それは、「怒る基準」みたいなものがコミュニティ内に形成されてしまうからです。誰かが何かについて怒ると、「ああ、このレベルのことが起きたら怒っていいんだな」という共通認識が成立します。で、人間は自分ばかりが怒られたくないですから、やがて自分に怒る権利が回ってきたときは、怒ってしまう。これって、皆で皆を嫌な気分にさせてるだけじゃないかなあ、と僕は思うわけです。

だから、僕は怒らないようにしています。もちろん僕は誰かに怒られることもあるし、「何で僕はあれで怒られたのに、あなたはこれで怒られないと思っての?」なんてことも無くは無いですが、怒らないようにしています。それは、そのコミュニティをなるべく「怒る」ことがないところへ導きたいからです。

「感情」としての「怒る」

「怒る」ってとてもマイナスな感情です。「行動」としての「怒る」は、それによって相手の行動を是正させるというような作用もあると思いますが、「感情」としての「怒る(怒り)」を発散させる作用も大きいでしょう。たとえば、自分が大事にしてたプリンを家族に食べられてしまった場合に「怒る」のは、「怒る(怒り)」を発散させるという意味合いが大きいです。

僕は楽しければ何でもいい人なので、マイナスの感情を抱くことはできるだけ避けたいのです。だから、家族にプリンを食べられてしまったときは積極的に許すようにしています。怒らないと決めておけば、ほとんどの場合怒りの感情は出てきません。また、僕も家族のプリンを食べてしまう可能性はあるわけですし、僕がいま怒ったせいで、未来に怒られたりするのは嫌ですよね(これは「行動」の話になりますが)。

だから、僕は極力「怒る(怒り)」という感情を持たないようにしています。

ただ、僕も「怒る(怒り)」の感情を持つときはあります。僕の悪口を言われたりしたら、やっぱり僕も怒ります。でも、僕はその怒りをその相手にぶつけるようなことはしません。(「行動」としての「怒る」は、「怒り」を「ぶつける」と言うことができると気づきました)。

そうして怒りを胸に抱えていると、その怒りは次第に「悲しみ」に変わっていきます。だから僕は、怒るよりも悲しむ回数の方が人生の中でずっと多いです。 イメージの話で大変恐縮なのですが、「怒り」というのはとても荒っぽい感情です。それを「発散」させようとします。でも、「悲しみ」の場合はそれを「解消」しようとします。だったら、「悲しみ」の方が穏便に済んで良いとは思いませんか。

まとめ

「怒る」ことについて僕は普段思っていることを言語化してみようと思ったのですが、なかなか難しいですね。

とにかく僕は、極力「怒る」ことをしないようにと努めています。 もちろんこれには悪いところもあって、思い返せば僕は怒らない人として周囲に舐められっぱなしだったように思います。 だから、コミュニティのトップに立つ人はある程度「怒る」技術を身につけた方が良いかもしれません。