読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

あとーすログ

熊本でWebディレクターをしています。文芸、演劇、カメラ、インターネットが好きです。

引きこもると、小説のネタに困ります

僕は暇な大学生というやつで、もう授業もほとんどないし、平日はだいたい家でゴロゴロしています。休日も、特に平日と区別がないのでゴロゴロしています。

ゴロゴロばかりしていると何が困るって、小説の内容が全然思いつかなのが一番困ります。書きたい気持ちはあるのに、書くことが全くない。人と会わないので、僕の中で学びもなければ葛藤もないわけです。たまに人と会うこともあるけれど、それも同じ人ばかり。違う価値観の流入もない。だから、僕の小説では家でゴロゴロしているかコンビニにに行くだけの主人公が生まれてしまうのです。

その点、高校時代のことを思い出すとまあなんとか書けなくもないことないのかなあと思います。けれど、高校時代の感傷を再生することは10代までの特権であるような気がして、気が咎めてしまう部分があります。7つ離れた弟が今年高校生になるのですが、弟がいる空間を描き出すことは、もう今の僕には無理なのではないかなあと思うのです。

僕の小説には、主に若い人たちしか出てきません。それは端的に僕の経験の浅さと僕の交友関係の狭さを表していると思います。まあ経験についてはある程度年齢に比例するところもありますが、交友関係については本当に広げといた方がいいよ、と誰へということもなくアドバイスしたくなります。あるいは、僕が僕に向けて言っているのかもしれません。

そういえば中学や高校の頃、そんなに好きでもないソフトテニスを部活でやり、大変な仕事もある生徒会をやっていました。ぼくは、どちらとも交友関係を広げるためにやっていたのだなあと今になって思います。当時から誰かと友達になるのが苦手だったので、そんなに広がらなかったような気もしますが…。でも、部活に入っていなかったら僕は本当に友達がいなかったろうなと思います。小説なんて一行もかけなかったかもしれない。まあ、友達が一人もいないやつの小説というのは、それはそれで面白そうですが…。

もうあと2ヶ月もしたら僕は働き始めていて、いろんな出会いがあるのだろうなあとぼんやり想像しています。中学生の頃、すべての生活は小説のネタになるために存在しているのだと割と本気で考えていて、なんというか、小説のネタになるような生活を送らないと過去の僕に申し訳ないのかなあと思います。やっぱり、中学・高校は強制的に色んなことが起こる場所ですね。大学では色々なことから逃げてしまうことができて、ずいぶんと逃げグセがついてしまったなと思います。

さて、この記事から得られる教訓は…?と僕に聞かれてもよく分からないので、小説を書く方も書かない方も、今日1日を幸せに暮らしましょう(暖かい布団の中から、愛をこめて)