あとーすログ

熊本でWebディレクターをしています。文芸、演劇、カメラ、インターネットが好きです。

「友達」と呼べる人がいない

なんか「友達」という言葉が恥ずかしいし、そういえば最近「この人は友達です!」みたいな紹介の仕方をしなくなったなあと思う。というか、友達と呼べる人がいないのかもしれない。

 

いま、仕事以外で最も顔を合わせているのは一緒に芝居を作っている人たちだと思う。今度やるのはダイナソーミュージアムの公演。もう3回目になる。演出以外は固定的なメンバーを持たないユニットなんだけど、幸福なことに僕は3回ともぜんぶ呼ばれていて、いつも顔を合わせるようなメンバーとやることができている。

その中でも特によく芝居を作る人が3人いて、よくよく考えれば全員後輩なんだけど、4人まとめて「盟友」と呼ばれている。正直、そう呼ばれるのはめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど、なんだか慣れてしまっているところもあって、ちょっと感覚が麻痺してなんならそう呼ばれることが嬉しい瞬間だってある。

でも、「友達」って呼ばれるのは絶対に違うよねという感じ。ぜんぜん芝居に関係のないところで仲良くしているかと言われれば、全然そんなことはない気がしている。ただ同じ芝居を作る仲間なのであり、だからこそ「盟友」なのだと思う。

 

他にも仲良くさせていただいている人はいるのだけど、だいたいそういう人たちはみんな大学の先輩だった人たちだ。そういう1個違いなんだけど、やっぱりそういう人たちはどこまでいっても「先輩」だ。別に「先輩」だからといって「友達」よりも距離が遠いのかというとそんなことはなくて、とても尊敬しているしすごく好きな人たちだ。ただ、「友達」って呼べないよというだけで。

 

という風に考えていくと、本当に僕には友達がいないなあと思う。そんな風に呼び合うのって、ちょっと恥ずかしいけど素敵だと思う。大学時代にあまりにも人と交友関係を結ぶのをさぼっていたらこうなってしまった。中学校や高校くらいまで遡ると、友達と呼べる人たちもいるんだけど。そういえば、ずいぶん会ってないなあ。

 

社会人になってからでも、友達ってできるものなんだろうか。中学生や高校生の頃は、孤独を回避するために友達が必要だった。でも、大人になるにつれて、孤独は恐る必要のないものだとわかるようになってきた。友達が必ずしも必要ではなくなってきた。

そして僕場合は、盟友も先輩もいる。おかげで土日も楽しく暮らすことができている。別に友達なんて必要ない。必要ないから、できそうにもないなあと思う。

 

というわけで、今日の教訓は「大学時代に仲間だけではなく友達も作っておけ」です。春から大学生になる人たちは、よく覚えておくように。