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前田司郎「恋愛の解体と北区の滅亡」 純度の高い虚構のリアリティ

前田司郎『恋愛の解体と北区の滅亡』を読みながら、何度も、はっきりと、「こんなの小説じゃねえ」と思いました。

 

恋愛の解体と北区の滅亡

恋愛の解体と北区の滅亡

 

 

僕がここ数年読んだ小説の中で「こんなの小説じゃねえ」と思ったのは2作品で、水野敬也『夢を叶えるゾウ』と川村元気世界から猫が消えたなら』です。どちらも、悪い意味でです。
 
『夢を叶えるゾウ』は、自己啓発書の違った形態とするならばとてもよくできた本だと思うのですが、「これは小説だ!」と言われたら「うるせえ!」と返すほかありません。
 
まあ、当人もそのつもりで書いたのかもしれませんが……。
 
世界から猫が消えたなら』に関しても、これが映画原作のためだけの文章なら良いのですが、ドラマがありきたりすぎて文章も平坦で……。川村さんの映画の仕事はとても良いなと思っていて悪口を言うのも忍びないので、このくらいにしておきます。
 
それで、話を元に戻すと『恋愛の解体と北区の滅亡』は良い意味で「小説」じゃないんですよね。
 
この違いはなんだろうと考えた時に、もう圧倒的にふざけている。そしてそれが面白い。『世界から猫が消えたなら』は、真面目に書いてるくせにたまにボケるところがことごとくスベっていて……このくらいに。
 
前田司郎は、そもそも小説を書く気がないなではないかと思いました。そこが全然違う。
 
僕が「小説」という概念を僕の中で形作るとき、僕がこれまで読んできた小説たちから帰納法的に判断するしかありません。そこから逸脱しかけている作家として、たとえば僕の好きな作家の中から舞城王太郎最果タヒなどを挙げることができるのですが、そのどれとも違う。
 
彼らが言葉の抽象化で(あるいは詩的なものを導入することで)試みている「小説」からの逸脱を、前田司郎は形式の上でやろうとしているように感じるのです。「小説」の、ギリギリ「小説」じゃないところを狙っているように私には思われます。
 
たとえば、そのライブ感。一人称の文体で、ビールを6本まとめ書いした筋肉マンへの殺意をつらつらと思想するところから、一貫して彼の意識に寄り添って描かれています。僕らは、一人称主体の彼と同じ時間の流れを有することとなります。普通の小説だったらこうはいかない。私小説的な作品であろうとも、僕たちはその一人称主体に完璧に寄り添うことはなく、常にその人物が語ることを聞く形となります。「恋愛の解放と北区の滅亡」を読むとき、間違いなく彼の脳に直接接続しているような気持ちになるのです。
 
そんなものは、およそ「小説」ではない。僕はこれまで読んできた数々の「小説」たちを思い出しながら、そう言い切ることができます。そんなの下手くそがやることだ。でも、僕はちゃんとこれを「小説」として読めてしまっている。それはもう、圧倒的に一人称主体の彼の思考が面白いからだと思います。リアリティの純度を極限まで上げている。これはもう、コントや漫才に近いと思います。強烈なリアリティは、嘘です。虚構です。独特のライブ感の中で、そのヒリつく純度の高い虚構のリアリティを、延々とやってのけるのです。
 
このライブ感というのは、僕が読んだ数少ない彼の作品の中で、「ゆっくり消える。記憶の幽霊」にもあったと記憶しています。この作品は文庫の『グレート生活アドベンチャー」に収録されていて、同じく「こんなの小説じゃねえ」と思った作品の一つです。崖の上から身を投げた女性の思考を、永遠と思える(読んでいるとき、本当に永遠に終わらないのではないかと思った)時間の中で書き連ねていく「小説」です。
 
ところで。私はこの「恋愛の解体と北区の滅亡」を読みながら、ずっと気になっていることがあります。それは、「宇宙人」の必然性です。これ、僕は1ミリも宇宙人が必要だとは感じないんですよね。筋肉マンへの殺意とか、店長の気さくさとかの方が、よっぽど重要な問題であるように思います。僕とは違う誰かの、僕がきっと感じることのないリアリティの中で突然、宇宙人の話が挿入される。前田司郎は、この辺りもリアリティがあるように書こうとするし、それはある程度成功しているように思うのですが、明らかに宇宙人の話にはリアリティがない。いや、ある。あるんですけど、でも、そこには作為を感じる。「小説」らしくない「小説」を、「小説」として成立させるためだけに、そのギリギリの策として宇宙人の話を導入しているように思えてしまうのです。
 
まだまだ、前田司郎作品は読めていないものが多いので、これからもどんどん読んでいきたいと思っております。たぶん。思い出したら。
 
(ファナモの感想をすっかり忘れていたのですが、あれは僕の中でなかっことになりました。でも、こちらも面白い「小説」です。)

 

恋愛の解体と北区の滅亡

恋愛の解体と北区の滅亡