類義語比較 「握る(にぎる)」と「(掴む)つかむ」の違い
去年くらいに、大学のレポートとして提出したものに少し手を加えたものです。
類義語に興味がある人ってあんまりいないんじゃないかなあと思ったのですが、せっかく書いたのでここに置いときますね。
レポートなどの参考にされても構いませんが、そのときはご連絡いただけると嬉しいです。
1.辞書の検討と本稿のポイント
「にぎる」と「つかむ」の意味の違いを考えるにあたり、まずは『大辞林(大型机上版)』『広辞苑(第六版)』『日本語大辞典』の【にぎる】と【つかむ】の項に掲げられている第一義を比較検討してみたい。以下の表は、以上三つの辞典類に記述されている意味をまとめたものである。
|
大辞林(大型机上版) |
広辞苑(第六版) |
日本語大辞典 |
にぎる |
手の五本の指を内側に曲げて空所がないようにする。 |
手の指五本を内側にまげ固める。また、物を手のひらの中にしっかり保持する。 |
手の指を強く内側に曲げて固める。手の中につかむ。 |
つかむ |
手につよくにぎって持つ |
手の指をまげて、物を強く保持する。 |
指を曲げ、強く力を入れて間に物をにぎる。 |
(※下線は筆者による)
下線で示したように『日本語大辞典』では「つかむ」と「にぎる」がそれぞれの項の説明として使われているし、『大辞林』においても「つかむ」の説明に「にぎる」が用いられている。また、『広辞苑』でも「にぎる」は「しっかり保持する」、「つかむ」は「強く保持する」と説明されており、意味の違いが明確ではない。
「にぎる」については「指を内側に曲げ」るということが共通に指摘されており、『大辞林』と『広辞苑』では「五本の指」を用いることが指摘されている。
本稿での分析のポイントは以下の通りである。
[1]使用部位
[2]使用部位の形態
[3]対象物の形状
[4]加圧作用
[5]「確保」か「保持」か
[6]抽象的・比喩的な用法
2.分析
2.1使用部位
(1)「にぎる」も「つかむ」も、基本的には「手」を用いると考えられる。
1.太郎は手でリモコンを{にぎった/つかんだ}
2.花子は手で鼻を{にぎった/つかんだ}
3.次郎は足でリモコンを{×にぎった/つかんだ}
4.豚は前足で餌を{×にぎった/×つかんだ}
5.チンパンジーはバナナを{つかんだ/にぎった}
6.象は鼻でリンゴを{つかんだ/?にぎった}
・基本的には手を用いるが、足でも「つかむ」ことはできる。
・豚は「にぎる」ことも「つかむ」こともできないが、人間と似た手の構造をしたチンパンジーはどちらも可能である。
・形状が人間の手と同様でなくとも、象の鼻のように自由に人間の手と同等の働きをするものであれば、「つかむ」は許容され、「にぎる」はやや不自然。
(2)「にぎる」は五指及び掌を用い、「つかむ」は二本以上五本以下の指を用いると考えられる。
・五指と掌を用いると「にぎる」になる。
・五指、四指を用いると「つかむ」になる。
・三指、二指(親指・人差し指)の場合は「つまむ」に近くなるが、「つかむ」と言えなくもない。
・二指(人差し指・薬指)の場合は「はさむ」に近くなるが、「つかむ」と言えなくもない。
2.2使用部位の形態
(1)『角川類語新辞典』では「「つかむ」は手と対象物との間にすき間がある場合も含むが、「にぎる」はすき間がないのが普通である」とされている。
7.マウスを{にぎって/×つかんで}操作する。
8.マウスを{?にぎって/つかんで}ゴミ箱へ捨てる。
・マウスを安定して操作するためには、五指と掌を用いてすき間なくおおって「にぎる」必要がある。
・マウスを捨てる場合には、掌を密着させる必要がなく、すき間ができても構わない。
・愛着あるマウスを捨てる場合、「にぎりしめ」て何か考えるところがあるかもしれない。
2.3対象物の形状
(1)『類義語使い分け辞典』の「にぎる」の項に、「持つ部分の周りの長さが手の長さより小さくて、手の中に入る」と書かれている。また、國廣(1975年)は「ツカムのは<対象の一部>」としている。
9.鉛筆を{にぎって/×つかんで}、解答を書く。
10.毎朝、吊り革を{にぎって/×つかんで}通勤する。
11.パソコンを{×にぎって/つかんで}移動する。
12.机を{×にぎって/つかんで}運搬する。
・「鉛筆」や「吊り革」のように、「手の中に入」るものは「にぎる」を用いる。
・「パソコン」や「机」のように、「手の中に入」らないものは「つかむ」を用いる。
・「パソコン」や「机」を対象とする場合、その「一部」を「つかむ」。
(2)対象物が無い場合。
13.こぶしを{にぎりしめる/×つかみしめる}
14.手に汗{にぎる/×つかむ}
・対象物が無い場合は五指と掌を密着させることになるので、「にぎる」しか使えない。
・「汗」は対象物が極小であり、上と同じ理由で「にぎる」しか使えない。
(3)國廣(1976年)は「ニギルの対象物は多くの場合、棒状のものであり、かつ片手を用いてその全集囲をおおうことのできる程度の太さのものである」としている。
15.太鼓のバチを{にぎって/×つかんで}叩く。
16.カッターを{にぎって/×つかんで}厚紙を切る。
17.家の柱を{×にぎる/つかむ}。
17.サイコロを{にぎり/×つかみ}、偶数が出るように祈る。
18.太郎は100円玉を{にぎって/×つかんで}、駄菓子屋へ走って行った。
19.ボールを{にぎり/×つかみ}、ストレートにするかカーブにするか考えた。
・「バチ」や「カッター」など、「棒状のものであり、かつ片手を用いてその全周囲をおおうことのできる程度の太さのもの」には「にぎる」を用いる。
・「柱」のように、「棒状」であっても「片手を用いてその全周囲をおおうことのできる程度の太さのもの」でなければ「つかむ」を用いる。
・「サイコロ」や「100円玉」、「ボール」のように「棒状」でなくても片手を用いてその全周囲をおおうことのできる程度の大きさのものであれば、「にぎる」を用いる。
2.4加圧作用
(1)國廣(1976年)は、「つぶす」と「しめる」が「にぎる」とは結合しても「つかむ」とは結合しないことを指摘し、「ニギル動作は強い圧力を加えるものである」と述べている。
20.リンゴを{にぎりつぶす/×つかみつぶす}
21.恋人の手を{にぎりしめる/×つかみしめる}
・「しめる」「にぎる」と結合するのは「にぎる」のみで、加圧作用を伴うことが分かる。
(2)棒状のものを「にぎる」場合と「つかむ」場合
22.ゴルフクラブを{にぎる/?つかむ}
23.テニスラケットを{にぎる/?つかむ}
24.ペットボトルを{?にぎる/つかむ}
・「ゴルフクラブ」、「テニスラケット」は加圧しなければ力が入らず、球を前に飛ばすことができない。すると、本来の目的を果たすことができない。従って、「にぎる」を用いる。
・「ペットボトル」はそこから飲料を摂取するために加圧する必要がないので、何か別の目的がなければ「つかむ」を用いる。
(3)お寿司・おむすびの場合。
25.お寿司を{にぎる/?つかむ}
26.おむすびを{にぎる/?つかむ}
・「お寿司」も「おにぎり」も「にぎる」を用いる。
・「つかむ」も使えないことはないが、「作る」という意味は失われてしまう。
2.5「保持」と「確保」
(1)「にぎる」は捉えているものを「保持」することに、「つかむ」はあるものを捉える過程=「確保」に重点をおいた動詞だということができるのではないか。
27.太郎は怒って、次郎に{つかみ/×にぎり}かかった。
28.溺れる者は藁をも{つかむ/×にぎる}
・「かかる」は「つかむ」と複合して動詞を成すが、「にぎる」ではそうならない。
・「「藁をも掴む」の部分を「藁をも握る」とすると、藁にかけた指に力を込めるという部分に焦点があてられ、藁に手を伸ばすという動きが読みとれず、このことわざの謂わんとしているところが理解できません」(スペースアルク)
2.6抽象的・比喩的な用法
(1)抽象的・比喩的な用法では「にぎる」と「つかむ」の両方を用いることができる場合と片方しか用いることができない場合があるが、そこにはどんな違いがあるのだろうか。
29.夢を{つかむ/×にぎる}
30.相手の心を{つかむ/×にぎる}
31.弱みを{×つかむ/にぎる}
32.権力を{×つかむ/にぎる}
33.情報を{つかむ/にぎる}
34.証拠を{つかむ/にぎる}
・「夢」や「相手の心」などは、まだ持っていないものを「獲得」することに重点が置かれている。
・「弱み」や「権力」などは、それを獲得して以降、「保持」することに重点が置かれている。
・上記の二文は、2章5節の分析と対応している。
・「情報」や「証拠」を「つかむ」場合は、「獲得」することに重点が置かれている。
・「情報」や「証拠」を「にぎる」場合は、「保持」することに重点が置かれている。
(2)「にぎる」にはマイナスのイメージがあるのではないだろうか?
(1)の例文29~34を参照。
・「弱み」や「権力」を「にぎる」と、それらが容易に他の者の手に渡らないことを表す。
・「情報」や「証拠」を「にぎる」と不当にイニシアチブを取っているような印象を受ける。
(3)「にぎる」を使うと必ずマイナスイメージがつきまとうのか?
35.彼はこの事件の証拠を{にぎって/×つかんで}いる。
36.彼女は何かしらの情報を{にぎって/×つかんでいる}。
・「情報」と「証拠」を当人が無意識で保持している場合でも、「にぎる」を用いることができる。ここに「不当にイニシアチブを取っている」というイメージはない。
・2章1節で分析した、「にぎる」は「対象物をおおう」という特徴の表れと考える。「にぎら」れていると、他の人からはその正体が分からない。
3.結論
「にぎる」:主に保持を目的として、手で対象物をすき間なく、あるいは力をこめて手中にさめる行為。
「つかむ」:主に獲得を目的として手やそれに類する部位で対象物を手中におさめる行為。
共通点:「対象物を手中におさめるということ」
相違点:「対象物をすき間なくおおうことができるか否か、加圧が伴うか否か、獲得と保持のどちらが目的か」
4.疑問点と今後の課題
(1)全周囲をおおうことができなくても、「にぎる」を使うことができるものがあるのではないか。
37.ハンドボールを{?つかむ/?にぎる}
・「ハンドボール」はその大きさゆえに全周囲をおおうことが困難であるにもかかわらず、「にぎる」を使うのがそれほど不自然でないように思われる。
・「つかむ」を使っても良さそうだ。
・Googleを用いて「ハンドボール にぎる」「ハンドボール つかむ」で検索してみたところ、前者が約 75,400 件、後者は約 45,600 件と前者の方が多い。さらに、「つかむ」は「ハンドボール」以外の語(例えば、「コツ」)と結びついる場合も多い。
・「加圧作用」に注目すれば「にぎる」、全周囲をおおうことができるか否かに注目すれば「つかむ」と判定されるのではないか。
(2)全周囲をおおうことができても、「つかむ」を用いることができるものがあるのではないか。
38.逆上がりをするために鉄棒を{つかむ/にぎる}
・発表者はこのどちらを使っても思い描く状況に何の違いもない。
・「ゴルフクラブ、テニスラケットなどは、加圧しなければ力が入らずに球を前に飛ばすことができず、本来の目的を果たすことができない」と2章4節で書いたが、鉄棒も力を加えないと回ることができない。
・逆上がりのモーションに入る前ならば加圧する必要がないので、「つかむ」とも言える。
・「つかむ」は、まだ持っていない鉄棒を手中におさめることに注目している。
参考文献
田忠魁・他編『類義語使い分け辞典』1988年 研究社
柴田武・他『ことばの意味Ⅰ』國廣哲彌「ニギルとツカム」1976年 平凡社
参考Webサイト
日本語Q&A「「にぎる」と「つかむ」はどう違う?」:スペースアルク
(http://home.alc.co.jp/db/owa/jpn_npa?sn=82)2014/10/22最終閲覧
【関連記事】