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あとーすログ

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綿矢りさ『しょうがの味は熱い』を読んだ

 

しょうがの味は熱い (文春文庫)

しょうがの味は熱い (文春文庫)

 

 

好きな作家は誰ですか? と訊かれれば綿矢りさを挙げるのですが、実はお恥ずかしながら彼女の作品をすべて読んでいるわけではありません。Wikipediaによると、2016年現在で9冊の本を出しているらしく、今回読んだ『しょうがの味は熱い』で、僕が読んだのは6冊目。あと読んでいないのは『ひらいて』『憤死』『大地のゲーム』で、今年中にはすべて読んでしまおうと思っています。ちなみに、去年の暮れに『新潮』と『文學界』に新作を発表しているので、そちらも気になるところではあります。

 

そんな僕がなぜ綿矢りさのことを知った気になっているかというと、初期の作品である『インストール』と『蹴りたい背中』はそれぞれ三回ずつくらい読んでいるんですよね。特に処女作である『インストール』が大好きで、読む度に青春の苦々しさを感じます。

インストール (河出文庫)

インストール (河出文庫)

 

 

蹴りたい背中 (河出文庫)

蹴りたい背中 (河出文庫)

 

 

その後の作品でいえば『かわいそうだね?』はとても面白く、同時に収録されていた「亜美ちゃんは美人」もいい小説だったと記憶しています。そんな期待を持って挑んだ「しょうがの味は熱い」と「自然に、とてもスムーズに」という二作の連作小説で構成される『しょうがの味は熱い』は、少し期待外れでした。

かわいそうだね? (文春文庫)

かわいそうだね? (文春文庫)

 

 

とは言え、僕は綿矢りさの書く文章が好きなので、この作品も充分に楽しむことができました。

来る者を迎えるときと同じく、去る者を見送るときもこの街はドライです。一次的に都民であった人のささやかな歴史は、絶えずやってくる新しい人たちによって、つぎつぎとぬり替えられていきます。物質的な意味でも、精神的な意味でも。(中略)個人の歴史が感傷や空虚さを経て忘却されるのではなく、ほとんど間を置かないまま更新されるのです。

綿矢りさ『しょうがの味は熱い』

 東京を去る新幹線の車中で感じたことを独白したシーン。この切り取り方と感傷の方法が、綿矢りさらしいなと思います。

 

この小説の主題、というか物語の大きな部分を占めているのが「同棲している恋人同士のすれ違い」です。二人の不幸なシーンばかりを見ていると、「どうして同棲なんかしているんだろう?」という風に考えてしまいます。もちろん、同棲したことによってお互いの細かい違いが許せなくなって徐々に不幸になっていったのでしょうが、あまりにも二人の幸福だったときの描写が少なすぎます。これはきっと、幸福なシーンについては読者の生活の中から、読者のリアリティによって幸福な期間を想像して埋める必要があるのだと思います。でも、僕には同棲したての幸福なんて分からず、この小説をどう受け止めていいかちょっと困ってしまいます。

 

解説で、阿部公彦は次のように本作のあらすじを紹介します。

本書に収められた二篇の連作の筋立ては、一見、きわめて地味なものだ。描かれるのはカップルの同棲。メーカー勤務の絃は今一つ仕事がうまくいっていないが、辞める決心はつかない。奈世との関係は、はじめからあったずれがだんだんと顕在化しつつある。奈世の方はぴたりと絃に寄り添おうとするが、「こんなに近くにいるのに、近くにいる気がしない」などと思う。そして、ついに奈世は「この部屋を出て行こう」という決心をするが……という展開だ。

綿矢りさ『しょうがの味は熱い』の阿部公彦による解説

 綿矢りさの小説は、僕が読んだ範囲では『夢を与える』以外は地味で、けれどそこが良いんだと思っています。ストーリーで魅せるというよりも、日常の小さなモヤモヤを、的確な表現で捉えて示すというのが、『インストール』以来の作品で僕が綿矢りさに感じている魅力です。

でも、今回はその日常の切り取りもあまり多くはなかったように思います。先に引いた新幹線に乗り込んだ後のシーンは「綿矢節だ!」と喚起したのですが、他の場面では延々ずっと同棲がいかに辛いかが語られる。

この小説を読みながら、僕は恐らく30回くらい「めんどくさいなあ」と考えました。奈世も絃も超めんどくさい。奈世の行動には狂気すら感じるし、それを頑張って受け入れようとする絃も絃です。別れるならばさっさと別れればいいし、仲直りするならばさっさとすればいい。僕には、どうも二人が話し合いをしないことに、このめんどくささの原因があるのではないかと思っています。もちろん僕は同棲なんかしたことがないので、もしかすると僕も同棲をしたらこんなめんどくさいことを経験しなければならないのかもしれないですが、「言いたいことはちゃんと言え!」でこの小説のこんがらがっているところが全て解決しそうな気がしています。そこが、僕がこの小説をあまり楽しめなかった理由かもしれません。

 

とは言え、繰り返しになりますが僕は綿矢りさの文章を読むことができれば幸せみたいなところもあります(まあ本作は比喩のキレもあんまりよくなかったように思いますが)。それに、『インストール』や『蹴りたい背中』と読み比べて、成長しているのだなあと思います。これは、筆力が成長しているというよりは、綿矢りさも年を取ってそれが作品にもでるのだなあという意味です。

 

しょうがの味は熱い (文春文庫)

しょうがの味は熱い (文春文庫)