あとーすログ

熊本でWebディレクターをしています。文芸、演劇、カメラ、インターネットが好きです。

「課金する」と「募金する」の誤用について考えてみた

(この記事は、LiteraTech風見鶏に2014/10/26に掲載したエントリを再編集したものです。)

 

「課金」という単語は、スマホソーシャルゲームを楽しんでいる人ならば馴染みの深い言葉ではないでしょうか。

昨今、この「課金」の誤用が話題になっています。かなり息の長い話題のようで、「課金 誤用」で検索してみてざーっとスクロールしてみると、古い物では2006年のページがヒットしました。その後もたくさんの人がこの問題についての記事を書いたり2ちゃんに書き込んだりしているのですが、せっかく書き始めたので、最後まで書き通してみることにしようと思います。

以下のサイトがよくまとまっており、僕も参考にしたので、気になる方はどうぞ!

「課金」の誤用が気になる | うえぶろぐ WordPress

 

「課金する」の何がおかしいのか

「課金」+「する」で「課金する」という使い方が必ずしも間違っているとは言えません。しかし、以下のような使い方をすると「誤用」ということになるようです。

 

・どうしても欲しいキャラがあったから、ソシャゲに5000円課金した

 

この「課金する」という動詞の主体は話し手です。ここでの「課金する」は「ソーシャルゲームの運営会社にお金を支払う」というような意味なのですが、これが「誤用」ということになります。

これがどうして誤用なのでしょうか。それは、「課す」あるいは「課する」という言葉の意味について考えれば容易に理解することができるのではないでしょうか。

 

・王は市民に重税を課した

・私はボスに重大な任務を課せられている

 

「課金」とは「料金を課する」という意味です。重税を課すのは「王」で、重大な任務を課すのは「ボス」です。

さて、ソシャゲの「課金について考えるときに、「運営会社」と「プレイヤー」で「料金を課する」のはどちらでしょうか。それは当然「運営会社」の方で、「プレイヤー」は料金を課される存在、すなわち課金される者だということになります。

…と言っても、「どうしても欲しいキャラがあったから、ソシャゲに5000円課金された」という文は不自然だと思いますが。

 

「課金」の使用状況

Googleトレンドの検索窓に「課金」を調べてみました。すると、2011年くらいから徐々に検索数が上昇し始め、2013年頃から急増していることが分かります。昔からあった言葉ではあるようですが、やはりソシャゲの台頭と共に使われる機会が増えていると考えられそうです。

https://www.google.co.jp/trends/explore#q=%E8%AA%B2%E9%87%91

これと同じような変化は「課金する」の方にも起きており、「課金」よりも変化が顕著です。2012年頃から爆発的に増えていますね。

https://www.google.co.jp/trends/explore#q=%E8%AA%B2%E9%87%91%E3%81%99%E3%82%8B

これは「課金」という言葉が一般化したというよりも、「課金システム」みたいなものが一般化したと言った方が良いのかもしれません。しかし、少なくとも「課金」という言葉の多用が、「課金する」という誤用を生み出しているということは言えるのではないでしょうか。

「課金」と「課金する」を比較するとかなり違いが出るのですが、まあ普通「課金する」で検索しないですよね…。

https://www.google.co.jp/trends/explore#q=%E8%AA%B2%E9%87%91%E3%81%99%E3%82%8B%2C%20%E8%AA%B2%E9%87%91%E3%81%99%E3%82%8B&cmpt=q&tz=Etc%2FGMT-9

 

 

誤用は何故生まれたのか

何故このような誤用が生まれたのだでしょうか。

これは仮説に過ぎず、本当にしょうもないなと自分でも思うのですが、「課金」を「加金」と誤解している人がいるのではないでしょうか。勿論、多くの人が「カキン」と聞けば「課金」と記述するでしょう。しかし、私たちが言葉を話すときにわざわざ文字を頭の中に思い描いているわけではなく、無意識的に「課金」を音の同じ「加金」という言葉の意味に寄せて考えていたのではないでしょうか。 そもそも「課金」の意味なんてあんまり考えていないのではないかなとも思います。これは上に掲げた「課金」の誤用が気になる | うえぶろぐ WordPressでも同じ指摘がなされていますね。

「課金」という漢字が伝えている意味を無視しているからこそ、「課金する」というよく考えてみれば不可解な言葉を生み出した結果になったと言えるのではないでしょうか。そして理解していないからこそ、「加金」との混同が生まれます。

音の混同とは怖いもので、お葬式の場で言う「ご愁傷様でした」を「ご終了様でした」と長年間違って使っていた、という話を聞いたことがあります。確かに、意味はそう遠くありません。「加金する」も意味が分からなくはありません。

 

「募金する」にも同じ問題がある

「課金する」と同様の誤用が「募金する」においてもなされることがあるようです。

 

・ポケットに入っていた500円を募金した

 

「募金」というのは「お金を募る」行為なので、本来意味するところとは逆の意味で使っていることになってしまいます。

「課金」にしても「募金」にしても、主体が入れ替わっているところに問題があります。つまり、「買う」と「売る」が逆転しているようなものです。料金を課すことも課されることも「課金」であり、お金を募ることもそこにお金を寄付するのも「募金」という言葉で言い表している。どちらの行為も「買う」と言っているようなものですね。

反意語が無い

それではどのような言葉を代わりに使えば良いかというと、これは難しい問題です。

上で例に出した「買う」には「売る」という同じ状況を違う主体から捉えた反意語があるわけですが、「課金」や「募金」には適当な反意語が思いつきません。

前出の「コトバノ」というサイトの記事では「「料金を支払った」と表現するのが正解」としていますが、二字熟語には二字熟語で対義語を作りたいなあと思ってしまいます。

これが全く思いつかず、恐らくは多くの人がそうではないでしょうか。ゆえに、違和感を覚えたままでも誤用された「課金する」を使う人は存在し続けることでしょう。 「募金」に関しては「寄付」という言葉があるわけですが、「募金活動してたから寄付してきた!」という文にはやっぱり違和感がありますよね…。

ここにぴたりと来る言葉を探し出すことができない限り、人々は「募金活動してたから募金してきた!」を使い続けるのだと思います。

まとめ

誤用だということは分かりましたが、じゃあどうすればいいのかまでは分かりませんでした。それなりに代案も用意されているのですが、しっくりくるとは言えず…。

残された道は二つ。このまましっくり来る誤用を続けるのか、しっくりこない誤用じゃない表現を続けるのか。

まあ文字を書くなら正確な表現を心掛けなければならないので、何か代わりの言葉を見つける必要があると思いますが、日常会話程度ならば気にする必要はないかもれませんね。

 

 

日本人も悩む日本語 ことばの誤用はなぜ生まれるのか? (朝日新書)